空気の備忘録メモ その1〜プロジェクトに携わるまで〜 [アート]
随分前に書きためていたのを忘れていた。
そのままでもなんなので、アップしてみました。
去年携わったプロジェクトの思い出し、走り書き。
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2009年11月3日で羽田空港での展覧会が終わった。
6日(金)に晴れて打ち上げの会があり、プロジェクト関係者が羽田空港に一堂に介し宴がおこなわれた。
その際にサプライズで壇上にのぼらされ、話を、と言われたのだが、本当にそういうのは苦手で。
何か話そう、と思いつく暇もなく、壇上に立ったら頭がポーッとしてきてしまい、そのまま話を続けるとなぜか泣いてしまいそう(感動というよりは、どうにもならなくなると涙が込み上げてくる、どちらかというとそっちのほうの)だったので、早々に切り上げた。
こういうの上手い人ってうらやましいなあと思いつつ壇を下り、下で冷静にSくんらの話を聞いていたらふつふつといろんな思いが込み上げてきた。
誰が読むわけでもないとは思うが、まあ隠すことでもないので自分の視点からプロジェクトを振り返ってみるとするか。
PCを変えたりメーラーを変えたりしていたので、正しい日程までは思い出せないが、たしか2008年の年末くらいのことだったと思う。1本のメールが来た。アーティストのSくんからだ。
Sくんとは、それより1年くらい前に、造形大学の仕事でインタビューをした、それが初めての出会いだ。造形大学の仕事はもう4年くらい継続しているもので、卒業生のインタビューやらを毎年しており、たぶん他の誰よりも造形卒業生の現在について詳しくなっている自信はあった。なぜなら毎年卒業生で輝けるクリエイターを探して奔走していたからだ。Sくんに関しては、もちろん顔も名前も作品も知っていたのだが、なぜかピンとこなくて取材リストに名前を挙げていなかった。「何故だろう」と思うのだけれど、「彼には毎年出てもらっているから」というような大学側の発言があったからなんとなく天の邪鬼な私が敢えて避けていたのかも知れない、まあいずれにせよ、今となっては、その時は会うタイミングではなかったんだろうな、と思うしかない。
つかめない、そのときもそうだった。メールと電話で取材依頼をするが、あまり的を射た回答を得られず、ひとまず日にちだけ決めて電話を切った。本当に大丈夫かな、取材場所には現れるのかな、撮影の許可とかとらなくて平気なのかな、不安を抱えたまま乃村工藝社の新社屋竣工の作品を見にお台場まで行った。2008年2月28日。Sくんは予定時間より遅れて現れ、撮影の準備に入った。案の定広報への連絡もついていずに一瞬慌てたがその場でとりつくろって無事作品の撮影を終えた。その後、カフェへ移動しインタビューに入る。
すっごくチャーミングだけれどインタビュアー泣かせな人、それが第一印象。ふわりふわりとした話が結論を出さないまま話がパラレルにどんどん移り変わっていく、膨大な断片だけがICレコーダーに残る。彼の思考の移り変わりがそのまま言葉になっているのだろう。この時も2時間くらい話しただろうか、根っからのアーティストに会ったなあという気持ちとテープ起こしが面倒くさいなあという気持ち半々くらいで帰路へ着く。でも「いつかこの人の本を作りたい」その時思った。
と思ったとしても、すぐに書籍なんて作れるはずはないので、まずは雑誌の連載企画でも考えてみようかなあとつらつら考え始めた。
その時に私が考えていたこと。「デザイン」とか「アート」という言葉だけが異様に流布して(特にデザイン)、デザイン誌がやたらといっぱい出ていて、もちろんそれはいいことなんだけれどもそこに出てくるメンバーも決まっているし、同じ顔がいろんな雑誌に登場するのに辟易していた。もちろん雑誌のありかた自体を考え直さねばならない時期でもあったので、それが正しいかどうかは分からないけれど、他誌と違うことをやりたいと思うのが編集者なんじゃないの? と思ったり。一方でやっぱりメジャーな仕事をしてる人ってすごいし、マス相手に勝負して自分のビジネスメソッドを蕩々と語るデザイナーもすごいと思う。ミーハー根性だけは持ち合わせているので、そういう人に会いたいなと思う気持ちもあるけれど、デザイナーの究極の姿はあれなのかと思うと多いに疑問がある。となると、結局は自分の視点の持ち方になってくるわけで、どこに焦点を合わせていきたいかというと、やっぱりサブカル出身の性か、面白いけど脚光を浴びていない人に目がいってしまう。
また世の中一般に言われている価値みたいなものは、ともすると政権が変わったり、小さいところでは企業の担当者が変わってしまうだけど、一晩で崩れ去ってしまうようなもろさがあって。何がいいデザインで、何が悪いデザインって、正直よくわからない。個人ベースに落とし込まれていったときに、その人の人生に必要なもの(実用という意味ではなく)が、やっぱりいいものなんじゃないかと常々考えている。特にアートなんていうものは、もともとパトロンと絵描きの小さなコミュニティの中でのごくごくプライベートなもので、それを市場経済の中に送り込んだから、価値を何で判断すればよいのかだんだんと麻痺してきたんじゃないかと。この前も奈良美智の贋作が70万円になったそうだが、落札した人が欲しいというのだからそれでいいじゃないかとも思う。価値ってそんなもの。
そんな中で、フリーで業界のエッジでゆるゆると生きていくんだったら、自分が面白いと思う人を面白いんですと言い続けていくしか方法がないと思っている。業界の中心で世の中を動かしていくことにはまったく興味がないし(そもそも依頼がないと思う)、自分が声高に伝えたい主張もそんなには持ち合わせていない。ただ、アーティストだったりデザイナーだったり、今回の場合は研究者というのも入るかも知れない、いい作品を作る人、面白い思考を持った人の魅力を最大限に引き出して、「分かりやすく一般の人に伝えていく」ことだったら自分にもできるかもしれない、と思っている。
思うに任せてタイプを走らせていたら、だんだん収集がつかなくなってきて、人生の悩みまで書き出す勢いになってきたので、話を戻そう。
某エコ雑誌の連載企画。私がやりたかったのは3つポイントがあって、1つはSくんを含めたまだ媒体でそこまでフィーチャーされていない30代前後の若手クリエイターを継続起用すること。2つめは研究レベルで行われているもの作り(素材とか手法とか)をリサーチすること。3つめは、クリエイターに何かその新しい技術を使ったプロダクトや作品を考えてもらうこと。
で、2008年の夏にSくんの研究室を訪ねて話を聞いた。この時も2、3時間かかっただろうか、スケッチを大量に見せてもらって、他の展覧会の資料などを借りて帰った。
結局雑誌の企画はボツになったのだけれど、もうちょっとあっためて他にも出してみようかな。この企画をやりたい気持ちはまだ変わっていない。
そしてやっとプロジェクトの話に戻る。2009年の1月だった。ちょうど2008年の10、11月を遊びほうけて過ごしていて、仕事をし始めなきゃと思っていた矢先に1本のメールが来た。デジタルパブリックアートプロジェクトに参加して欲しいという連絡だ。
文章を仕事にしているくせに、なんととりとめのない文か。
とりあえず一気に書いてしまったのでしかたがない。この調子で書いていったら膨大な量になりそうだけど、ちょっと続けてみよう。
そのままでもなんなので、アップしてみました。
去年携わったプロジェクトの思い出し、走り書き。
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2009年11月3日で羽田空港での展覧会が終わった。
6日(金)に晴れて打ち上げの会があり、プロジェクト関係者が羽田空港に一堂に介し宴がおこなわれた。
その際にサプライズで壇上にのぼらされ、話を、と言われたのだが、本当にそういうのは苦手で。
何か話そう、と思いつく暇もなく、壇上に立ったら頭がポーッとしてきてしまい、そのまま話を続けるとなぜか泣いてしまいそう(感動というよりは、どうにもならなくなると涙が込み上げてくる、どちらかというとそっちのほうの)だったので、早々に切り上げた。
こういうの上手い人ってうらやましいなあと思いつつ壇を下り、下で冷静にSくんらの話を聞いていたらふつふつといろんな思いが込み上げてきた。
誰が読むわけでもないとは思うが、まあ隠すことでもないので自分の視点からプロジェクトを振り返ってみるとするか。
PCを変えたりメーラーを変えたりしていたので、正しい日程までは思い出せないが、たしか2008年の年末くらいのことだったと思う。1本のメールが来た。アーティストのSくんからだ。
Sくんとは、それより1年くらい前に、造形大学の仕事でインタビューをした、それが初めての出会いだ。造形大学の仕事はもう4年くらい継続しているもので、卒業生のインタビューやらを毎年しており、たぶん他の誰よりも造形卒業生の現在について詳しくなっている自信はあった。なぜなら毎年卒業生で輝けるクリエイターを探して奔走していたからだ。Sくんに関しては、もちろん顔も名前も作品も知っていたのだが、なぜかピンとこなくて取材リストに名前を挙げていなかった。「何故だろう」と思うのだけれど、「彼には毎年出てもらっているから」というような大学側の発言があったからなんとなく天の邪鬼な私が敢えて避けていたのかも知れない、まあいずれにせよ、今となっては、その時は会うタイミングではなかったんだろうな、と思うしかない。
つかめない、そのときもそうだった。メールと電話で取材依頼をするが、あまり的を射た回答を得られず、ひとまず日にちだけ決めて電話を切った。本当に大丈夫かな、取材場所には現れるのかな、撮影の許可とかとらなくて平気なのかな、不安を抱えたまま乃村工藝社の新社屋竣工の作品を見にお台場まで行った。2008年2月28日。Sくんは予定時間より遅れて現れ、撮影の準備に入った。案の定広報への連絡もついていずに一瞬慌てたがその場でとりつくろって無事作品の撮影を終えた。その後、カフェへ移動しインタビューに入る。
すっごくチャーミングだけれどインタビュアー泣かせな人、それが第一印象。ふわりふわりとした話が結論を出さないまま話がパラレルにどんどん移り変わっていく、膨大な断片だけがICレコーダーに残る。彼の思考の移り変わりがそのまま言葉になっているのだろう。この時も2時間くらい話しただろうか、根っからのアーティストに会ったなあという気持ちとテープ起こしが面倒くさいなあという気持ち半々くらいで帰路へ着く。でも「いつかこの人の本を作りたい」その時思った。
と思ったとしても、すぐに書籍なんて作れるはずはないので、まずは雑誌の連載企画でも考えてみようかなあとつらつら考え始めた。
その時に私が考えていたこと。「デザイン」とか「アート」という言葉だけが異様に流布して(特にデザイン)、デザイン誌がやたらといっぱい出ていて、もちろんそれはいいことなんだけれどもそこに出てくるメンバーも決まっているし、同じ顔がいろんな雑誌に登場するのに辟易していた。もちろん雑誌のありかた自体を考え直さねばならない時期でもあったので、それが正しいかどうかは分からないけれど、他誌と違うことをやりたいと思うのが編集者なんじゃないの? と思ったり。一方でやっぱりメジャーな仕事をしてる人ってすごいし、マス相手に勝負して自分のビジネスメソッドを蕩々と語るデザイナーもすごいと思う。ミーハー根性だけは持ち合わせているので、そういう人に会いたいなと思う気持ちもあるけれど、デザイナーの究極の姿はあれなのかと思うと多いに疑問がある。となると、結局は自分の視点の持ち方になってくるわけで、どこに焦点を合わせていきたいかというと、やっぱりサブカル出身の性か、面白いけど脚光を浴びていない人に目がいってしまう。
また世の中一般に言われている価値みたいなものは、ともすると政権が変わったり、小さいところでは企業の担当者が変わってしまうだけど、一晩で崩れ去ってしまうようなもろさがあって。何がいいデザインで、何が悪いデザインって、正直よくわからない。個人ベースに落とし込まれていったときに、その人の人生に必要なもの(実用という意味ではなく)が、やっぱりいいものなんじゃないかと常々考えている。特にアートなんていうものは、もともとパトロンと絵描きの小さなコミュニティの中でのごくごくプライベートなもので、それを市場経済の中に送り込んだから、価値を何で判断すればよいのかだんだんと麻痺してきたんじゃないかと。この前も奈良美智の贋作が70万円になったそうだが、落札した人が欲しいというのだからそれでいいじゃないかとも思う。価値ってそんなもの。
そんな中で、フリーで業界のエッジでゆるゆると生きていくんだったら、自分が面白いと思う人を面白いんですと言い続けていくしか方法がないと思っている。業界の中心で世の中を動かしていくことにはまったく興味がないし(そもそも依頼がないと思う)、自分が声高に伝えたい主張もそんなには持ち合わせていない。ただ、アーティストだったりデザイナーだったり、今回の場合は研究者というのも入るかも知れない、いい作品を作る人、面白い思考を持った人の魅力を最大限に引き出して、「分かりやすく一般の人に伝えていく」ことだったら自分にもできるかもしれない、と思っている。
思うに任せてタイプを走らせていたら、だんだん収集がつかなくなってきて、人生の悩みまで書き出す勢いになってきたので、話を戻そう。
某エコ雑誌の連載企画。私がやりたかったのは3つポイントがあって、1つはSくんを含めたまだ媒体でそこまでフィーチャーされていない30代前後の若手クリエイターを継続起用すること。2つめは研究レベルで行われているもの作り(素材とか手法とか)をリサーチすること。3つめは、クリエイターに何かその新しい技術を使ったプロダクトや作品を考えてもらうこと。
で、2008年の夏にSくんの研究室を訪ねて話を聞いた。この時も2、3時間かかっただろうか、スケッチを大量に見せてもらって、他の展覧会の資料などを借りて帰った。
結局雑誌の企画はボツになったのだけれど、もうちょっとあっためて他にも出してみようかな。この企画をやりたい気持ちはまだ変わっていない。
そしてやっとプロジェクトの話に戻る。2009年の1月だった。ちょうど2008年の10、11月を遊びほうけて過ごしていて、仕事をし始めなきゃと思っていた矢先に1本のメールが来た。デジタルパブリックアートプロジェクトに参加して欲しいという連絡だ。
文章を仕事にしているくせに、なんととりとめのない文か。
とりあえず一気に書いてしまったのでしかたがない。この調子で書いていったら膨大な量になりそうだけど、ちょっと続けてみよう。







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